| ここからがメインの「刷込」です。この時点で80%以上の判断力を失っているため、 人の言うことを(それがインチキ臭くとも)簡単に信じてしまいます。 さらに理性よりも感情面が意識の中心にあるため、話す人が感動的に話せば内容に関わらず 感動してしまいます。宗教団体では講義という名の先輩信者による体験談、教祖の教え などがこれに当たります。体験談なんてのは明らかに嘘八百というか、三流オカルト雑誌の 幸運グッズの広告の体験談並な「かんけーねーだろ」的な内容、教祖の教えもどこにでも ありそうな語感の良い言葉を並べただけの感動にはほど遠い内容なのですが・・・ 「鬱化」された人々には「神の声」か「救世主の言葉」になってしまいます(毒) トドメに説法を説いたテープに「ポッポッポッポッポ・・・」という単調なリズムを加えて 催眠状態になりやすいよう編集したものを延々と聞かせたり、普通のビデオを編集して 数分間に何コマか埋め込む内容を入れてサブリミナル効果を出したモノを繰り返し 聞かされている内にもはや洗脳はほぼ完成、いわゆる「お人形」化してます。 恋愛の場合、この部分に当たるものを示すのは難しいので、抽象的な表現になりますが、 つまり、前回の部分で悩やませている相手になんらかの「情報(こちらの目的)」を与える、 正確には直接情報を与えることはできないため、それを間接的に相手に喚起させるような 状態に相手を送り込むようにするわけです。どうすれば、この悩みを終えることができるか という「方法」を連想させることでこちらの洗脳の「目的の刷込」を行なうわけです。 「安定」が必要なのはこのままでは精神的にも肉体的にもとても弱っており不安定なため、 ここで安定させて洗脳状態を完成させます。いわゆるアメとムチの「アメ」に当たるのが ここの部分です。単純にここまで与え続けていたストレスをここで解いてやるわけです。 といっても、ただ解いてしまったのでは今までやったことが無駄になるため、 ここで一緒に洗脳の固定化も図ります。具体的にはここまでのストレスを乗り越えた ことで「メリット」が得られたと思い込ませるわけです。実際に何かメリットがあるか どうかは別にしても、この極限状態ではその真偽の判別はできないので、適当に抽象的で いかにも偉大な事柄をこじつけで思い込ませるわけです。宗教団体ではここで、仕上げと して、「鬱化」の時よりもさらに厳しく欠点や醜い部分を誘導尋問のように引き出した上で 教祖の写真に向かってすべてを告白し、許しを請うように勧めます。そして、それを終え 全ての「刷込」が完了したと同時に冷徹な態度を一遍、優しくターゲットを迎え、その後、 大夕食会を開き、ここまでの絶食による「ストレス」を人間の三欲である「食欲」を満たし、 その「快楽」を脳にその宗教団体の言う事に「従ったために得られた快楽」であると 記憶させるわけです。人間というのは不思議なもので、「終わりよければ全て良し」という ように「最終的な感情」がその事象の「全てに対する感情」と誤認する生き物なのです。 恋愛の場合、何か大きな「約束」をさせて、承認させた後に「アメ」を与えます。 例えば、「二度と嘘は吐くな」でも良いですし、もっと大きなものでもこの段階では 判断能力を失っているため、承認してしまいやすいのです。その後、アメを与えるわけですが ・・・まぁ三欲の内のひとつで男女間といえば、言うまでも・・・(恋人同士であれば、 結婚などでも良いのかも知れませんが、後々いろいろな問題の原因となるリスクもアリ) 実際、怒りに任せて無理矢理に約束させるよりも、「悩ませる」「凹ませる」「考えさせる」 の後で約束を結んだ方が、「約束」をストレスという「トラウマ」と結び付けて脳が記憶 するため、倫理や理性以外の拘束力が「約束」に加わることになるのです。 最後に「強化」です。安定させたとはいっても、まだ弱い状況である洗脳状態を強化して 洗脳を強く固定させます。このまま一般社会に戻すと本来の価値観を取り戻す危険があるため 洗脳の中の「世界観」をきちんと整理し、その中の住人にしてしまうのです。 宗教集団のやり方として、ターゲットを出家させて一般社会から隔離することが難しい場合に 宗教の勧誘をさせるというのがあります。これは、洗脳が完了したとはいえ、その宗教の事を 体系的に理解したわけではないので、「勧誘」という行為を通して、自己学習させることで 洗脳の強化を図った上、ここで「勧誘=善行」という事を刷り込んでおき、勧誘によって起こる 「ストレス」を善行の良心を満たす「実感」とすることで快楽として感じさせるのです。 (ここらへんのことについては「幸せ=快楽?」を参照(^^;) 恋愛の場合、ここの部分は十人十色で一概に言う事はできませんが、「約束」を「絆」、 いわば、「帰属による快楽」として感じさせる場合が多いように思えます。 カルト宗教も恋愛も信じるレベルがピンキリなだけで、ある一線を超えれば、それは「狂気」 という、自己の利益や生物としてプログラムされている基本概念を逸脱した行為。 いわば、「自殺」や「他殺」といった最大のタブーである「死」にまでエスカレートし、 今日も古今東西の新聞や週刊誌の紙上を賑わせているわけです。 洗脳を回避する方法は唯ひとつ。常に目の前の事象に矛盾点を追い求め、その裏にある 物事の本当の意味を知る他に方法はありません。 そして、物事の本当の意味、例えるならば貴方が明日行なうであろう仕事の「意味」を 本気で考え始めた時から、貴方は「社会不適合者」の第一歩を踏み出します(毒) 「社会」に洗脳されて生きなければ、大抵は「社会」から疎外されように、人間など所詮は 自分の価値観を他人に洗脳されなければ生きられない哀れなイキモノ。 だからこそ、自分が洗脳されていることに気付かないよう、頑張って生きるのです。 |