寄生獣という漫画を読んで、私が感じたことをとりとめもなく書いていこうと思います。




まず、なぜ寄生獣がこんなに多くの読者に受け入れられたのだろうかと考えてみました。

このことについて考える上で重要な登場人物が三人います。

シンイチとミギーと田村です。

彼らはみな作中で「人間とはなにか」「寄生生物とはなにか」と問い続けるんですが、

他にも多くの登場人物がいる中でこのような哲学をするのはこの三人のみです。

なぜあえてこの三人なのだろうかと突き詰めていったとき、寄生獣の面白さの秘密迫ることが出来た気がしました。




まず、シンイチについて考えましょう。

元々人間であった彼は、脳に別状がなかったためミギーに寄生されてからも普通の人間であり続けていていました。

つまり、一つの身体に二つの自我が存在していたということです。

しかしそんな不安定な状況はやはり長続きしないもので、あの事件によって人間としての彼はかなり危うい状態となってしまいます。

母親に寄生したパラサイトによって瀕死の重傷を負わされることになるあの事件です。

ミギーの機転によってなんとか命は拾ったものの、その代償としてミギーの一部がシンイチ自身の細胞と同化します。

これをきっかけにシンイチは普通の人間では到底持ち得ない驚異的な身体能力を手に入れるという同時に、

人間特有の情というものが一部欠落してしまうこととなってしまいます。

人間と寄生生物の狭間としての存在となるんです。




次にミギーについて考えます。

シンイチと同化した彼の一部は自我を持たないので、彼においてはシンイチと同じようにはいきません。

彼の場合、その類まれな好奇心の赴くままに人間について学び始めたことが始まりでした。

当然違う種なので完全には理解できないまでも、人間についての知識だけは増えていきます。

そんなときにあの事件が起こり、結果、人間は無理でも両者の狭間であるシンイチのことなら理解できるようになります。

このことが、彼がただの寄生生物ではなくなった理由です。

シンイチとの友情を得ることで、彼もまたシンイチと同様に人間と寄生生物のどちらでもない存在となります。




最後に田村について。

彼女については言うまでもなく、人間の子供をもったことで寄生生物とは遠ざかることになります。

まず寄生生物には繁殖能力がないため、妊娠すること自体がきわめて人間的なことであるし、

そのうえ彼女は微かではありましたが、しかしはっきりと母性というものを抱きつつありました。

彼女もまた、シンイチとミギーと同じ存在なんです。




このように彼ら三人は共通して人間と寄生生物の狭間としての存在であります。

つまり人間でも寄生生物でもないということです。

実はこのことが実は寄生獣の面白さには必要不可欠なものだったんです。




続きます。